活動報告:参政党愛知支部タウンミーティング ねずさんとふたりごと@名古屋 令和3年12月5日 | 参政党
活動報告:参政党愛知支部タウンミーティング ねずさんとふたりごと@名古屋 令和3年12月5日
文責:小川健一
秋の紅葉も終わりをつげ、冷たい風が吹き始めた12月の初週時事的状況からか、人もまばらな鶴舞公園・名古屋市公会堂にてアドバイザーである小名木善行さんと神谷宗幣さんをお迎えして行われてた「ねずさんとふたりごと@名古屋 ~日本の政治のカコ=イマ=ミライ~」打って変わって、会場内には多くの参加者が両者の言の葉に耳を傾けた。
最初に小名木さんが投げかけたのは「古代を聞きたいですか?神話を聞きたいですか?今の日本の政治を聞きたいですか?」凡そ予想もしなかった投げかけに、会場は驚きながら、現代史を選ぶ。今、日本が置かれている状況。何が恐ろしくて、何がそうさせているのか、事細かに笑いを交え説明していく。一つ一つの言葉に会場が温まり、日本の歴史の中にある優れた政治体系と、それを取り巻く諸外国との違い日本人ならよく知る人物に流れる、天皇より与えられた家系の役割とはどんどんと小名木さんの繰り広げる歴史と政治の話にのめり込む中、目の前のプロジェクターには直筆の二文字が参加者の前に示される。
すみてあきらか
清く明るくいる事が、今の愛知支部に必要な事と説かれた小名木さん「これからの活動に必要な物はなにか」の答えだった。いつも神谷さんが仰っている「楽しい集まりに周りを巻き込む」と言う言葉とリンクする回答に、改めて「楽しむ事のできる集まり」を増やしたいと思いました。今は片手に収まる程しか行われていない愛知支部の勉強会も、より多くの人の想いを共有し、愛知支部の拡充に繋げ、党に関わる全員が満たされさらなる成長を続け、大調和への一歩を重ね続けようと、改めて思いを振り返ることの出来た大切なタウンミーティングになったと実感しました。
繁栄と安定を繋ぐ
コノハナサクヤヒメと聞くと、昨今では田植えを忠実に再建したゲームが好評を得た事を思い出しますが、事ある毎に、耳に届く邇邇藝命と木花咲耶比売と石長比売の下りは、神の子の寿命と日の本の未来を啓示した一節しかし、二人の姫を送り出した大山津見神が居なければ今の時代に繋がらない。考える時間を許さない昨今に、未来の繁栄と安定を提示出来る存在は今の政府だろうか、テレビだろうか否、もっと身近で、最も信頼する実の親が説き続け、子供達に未来を見せなければ、我が子の未来へと繋いでやらなければ。
熱い思いは伝播する
本日、神谷宗幣さんは喉がつぶれ、声が出なかった。次の日も複数の公演登壇を行うという。しかし、今日参加した参加者の中で不満を漏らした方が居ただろうか。参加者の人は心惹きつけられ、一つ一つの言葉に大きく頷き、講師と心が繋がった瞬間を味わっていたのではないでしょうか
彼の積み上げてきた想いと、続けてきた行動力は、声をからしてしまった状態でも多くの人の心をつかみ、充実した時間をもたらしたと実感している。学びと行動と継続と伝播この苦しい修行の様な生きざまの先には、揺るがない結果が付いてくるのだと己の信ずる道を貫き通す、自信と決意を頂けた、大変貴重な会だったと感じざるを得ない。
【書評】偉大な政治家の責任とは:中兼和津次著『毛沢東論』 | nippon.com
中国共産党は2021年7月で創立百周年。創設者の一人で、中華人民共和国の成立を宣言した毛沢東(1893-1976年)は20世紀の「政治的巨人」だ。毛沢東をつぶさに分析した本書は、彼の遺産を引き継ぐ今の中国を理解するうえで役立つ。
政治家は「富士山」に喩えられる
「政治家は富士山に似ている」――。日本の政界で、よく知られている成句だ。富士山は遠くから眺めれば美しいが、近くに行くと岩がゴロゴロしているなど必ずしも綺麗ではない。政治家も間近で接すれば、いろいろと欠点も見えてくるという喩(たと)えである。
毛沢東はヒトラー、スターリンと並ぶ20世紀最悪の独裁者の一人との見方がある。半面、「彼の熱烈な崇拝者と現代中国の公式的見解によれば、彼はマルクス主義を創造的に発展させた偉大な思想家であり、何よりも中国を解放し、アメリカやソ連にも対抗した比類なき民族的英雄となる」
著者、中兼和津次(なかがね・かつじ)氏は1942年北海道生まれで、東京大学名誉教授(経済学博士)。中国経済の研究者として知られる。今回、毛沢東について論じる本書の主な狙いについてこう解き明かす。
「好き嫌いは別にして、もっと客観的に、また十分に距離を置いて、毛沢東という人物はいったいなぜ、またどのような行動をとったのか、彼の行動の根本を決める主旋律、思想の根幹は何か、そこにいかなる問題が内在していたのか、彼は現代中国に何を遺したのか、さらにもっと大きな問題として、大躍進や文化大革命に象徴されるようなすさまじい惨禍と犠牲を伴いつつも、なぜ彼が中国を統治し続けられたのか、などなど、彼の行動、政策にまつわるさまざまな問題を少々常識論的に、しかしできるだけ論理的に考え、説明してみよう」
「生々しい現実」も客観的に描く
著者は「とくに感情的に中国を見る風潮が昨今わが国では強いだけに、(反証可能な、ないしは仮説的に、という意味で)『科学的に』」毛沢東と現代中国の双方を捉え直すことが必要だと強調する。
本書は『毛沢東選集』所収の「矛盾論」と「実践論」をはじめ中国共産党、中国政府の公式文書や中国語文献、日本語文献、英語文献、地下出版物も含めて幅広く渉猟し、毛沢東の思想や行動を客観的、科学的に分析しているところに特色がある。
中国国内で出版される『毛沢東伝』や『周恩来伝』などは「理想的指導者像、いわば表の顔を描いているだけで、裏の顔は書かないか、書けないのである」。中国共産党の公式見解は「モデル(理想像)」が多く、「マドル(生々しい現実)」が語られることはまずない。
本書では、公式見解では伏せられている「生々しい現実」にも光を当てる。いわば広角、標準、望遠、接写など各種レンズを使い分けるような手法で、多面的性格を持つ“政治的巨峰”の実像と細部を描写している。
自画像は「マルクス+秦の始皇帝」
毛沢東は「単なる政治家ではなく、軍事戦略家であり、思想家であり、詩人でもあった」。本人は「自ら『マルクス+秦の始皇帝』と称した」という。
「秦の始皇帝の権力(政治的権力)と併せてマルクスの権威(思想的権威)を持とうとしていたし、前者は後者によって補強されていたのではないか。その上、秦の始皇帝そっくりの専制・暴力論と、マルクスの暴力革命論に由来する暴力肯定のイデオロギー、この二つを彼は併せ持っていたのではないか」。これが著者の仮説である。
「科学的社会主義」の創始者で、ドイツの経済学者、哲学者、革命家でもあったカール・マルクス(1818-83年)は『共産党宣言』や『資本論』などを著した。読書家だった毛沢東はマルクスの著作を「中国語訳を通して」読んだ。
著者は毛沢東が革命勢力としての農民を「発見」したとも指摘する。しかし、「階級闘争を旗印に社会を分断させ、批判的な集団や個人を徹底的に弾圧し、異論を唱える同志たちを次から次へと迫害・粛清するとなると、これはマルクス主義の新たな発見、創造、それに対する貢献というよりも、むしろ残酷な悪用というべきである」と断じる。
大躍進、文革の二大惨劇を発動
中国は毛沢東時代、二大惨劇が社会を激しく揺るがした。1958年からの「大躍進」と、1966年から10年間続いた「文化大革命(正式にはプロレタリア文化大革命)」である。
「二つとも毛沢東自らが発動し、全国(民)を巻き込み、国家と社会、それに経済を破滅の危機に陥れ、そして歴史的に見て名状しがたい悲惨な結末を迎えた点で共通している」
大躍進時代には大飢饉が起こり、数千万人ともいわれる餓死者を出した。文化大革命は「死者数から見れば大躍進期の非正常死に及ばない」ものの、「『階級闘争』の名のもとに告発から迫害へ、それが拷問に、さらには処刑・惨殺へと展開していった」のである。
こうした異常事態が続いたにもかかわらず、「中国は崩壊せず、共産党政権は微動だにせず、最高責任者毛沢東も失脚することはなかった。なぜだろうか?」と著者は問う。
マルクス教「毛沢東派」の教祖
中国が毛沢東時代、「体制の安定性」を保ち続けた要因はいろいろと考えられる。著者は先ず、毛沢東が軍隊を掌握していたことを「重要な要因」に挙げる。
「鉄砲から政権が生まれる」、「政権とは何か、力とは何か、権力とは何か、ほかでもなく軍隊である」……。毛沢東の有名な語録で、本書でも引用されている。
だが、毛沢東が統治を続けられた「最も根底にあった要因」は、“神化”という「宗教的要因」だとの仮説を展開する。「神=教祖」である毛沢東には「誰一人として真正面から反抗しなかったし、できなかった、ないしはしようと考えもしなかった」という。
なぜなら、この革命家は強烈なカリスマ性を帯びていたからだ。毛沢東は1927年、中国の湖南・江西両省の境にある井岡山(せいこうざん)に革命の根拠地を建設、ここに立てこもり、包囲する強大な国民党軍を四度も撃退した。戦後の国共内戦でも国民党軍を打ち破った。
こうした解放闘争史における比類ない実績に加えて「他の指導者にはない歴史に対する広汎な知識、哲学的素養、それに伝統的中国知識人(読書人)には不可欠な能力である作詩力を持っていた」。しかも弁舌が立つ。「毛沢東教あるいはマルクス教毛沢東派」の教祖とも擬せられる所以だ。
「毛沢東時代、真理は天から降ってきた。神、またはその代理である教祖たる毛沢東は唯一の真理を語る絶対的存在であり、それを疑うのは『不敬』となる」。因みに本書の表紙にある副題は「真理は天から降ってくる」である。
魯迅、周恩来との微妙な関係
本書は「はじめに」と10章に続く「終章」で構成されている。このうち第2章「毛沢東と魯迅」と第9章「毛沢東と周恩来」の内容は極めて人間臭い。作家の魯迅(本名周樹人、1881-1936年)、新中国の初代総理となった周恩来(1898-1976年)とも日本留学組で、この二人と毛沢東との関係は極めて微妙だった。
中国共産党が魯迅を「聖人」に祭り上げて陣営に引き込んだことはよく知られている。著者によると、毛沢東は魯迅を「革命のための『道具』」とみていたという。一方、魯迅は革命のためでも「人を殺すことはどんなことがあってもよくない」と考えていた。
魯迅と毛沢東は生涯、直接会うことはなかったが、著者はこう推察する。「極端なことをいえば、文学者魯迅が建国後も生き残っていれば、政治家毛に殺されていたかもしれない」
「よく毛沢東は厳父だったのに対して、周恩来は慈母だったといわれる」。革命第一世代の二人の英雄は建国の父、母とも呼ばれたが、その関係には曲折があった。
日本に続いてフランスにも留学した周恩来は毛沢東より5歳下だが、二人が1926年に最初に会った当時は中国共産党内で格上だった。ところが、党幹部の思想改造運動である「整風運動」が1942年から抗日・解放運動の本拠地、陝西省の延安で実施され、立場が逆転した。
「この整風運動の結果、周恩来が毛沢東に服従する関係が決定的になり、基本的には死ぬまで続いていくことになった」
著者の周恩来に対する評価は「遠くから彼を見れば見るほど、彼は優しい母親のイメージを醸し出す。逆に、近くにいて実物の彼を見ていた人ほど、もちろん彼に救われた人を別にして、非情な政治家に見えたのではなかろうか」。まるで日本政界の“富士山の比喩”のようだ。
「いずれにせよ、毛沢東ばかりではなく、周恩来という、大衆に絶大な信望のあった政治家についても、そのモデル(理想像)と併せマドル(汚い現実)を見る必要があるだろう。社会主義中国の、これまで多分に脚色されてきた歴史像をもっと現実に近づけるために、そうした作業は不可欠である」
英雄の女性観、日本の“反面教師”
「女性は天の半分を支えている(婦女能頂半辺天)」。男女平等を象徴する毛沢東の名言とされている。第10章「毛沢東をめぐる女性たち」では、建国の英雄の婚姻や女性遍歴にも触れているが、著者は「女性を手段として見ていた」との仮説を提示する。その典型例として大躍進時代の公共食堂を挙げる。
「女性を家事労働から解放するという建前で全国の人民公社に公共食堂を作ったが、その大きな狙いは労働力の『解放』にあって、家庭内で毎日三食の食事に関わってきた女性の労働力を農業生産に、あるいは一部は鉄作り運動に投入するためだった」
「建前、ないしは理念・モデルとして女性解放といいつつも、実態としては大して『解放』していなかったし、現在もしていないのである」
本書では、男女平等の度合いを示す2020年の「ジェンダー・ギャップ指数」(GGI)を紹介している。中国は世界153カ国中106位。「残念ながら毛沢東時代にかんするGGIの国際比較はないが、基本的に現在と大きく変わっているようには思えない。『社会主義体制』が女性を解放する必要条件ではないことはこのことからも分かる」と解説する。
日本の順位は中国より下の121位で、主要7カ国(G7)で最下位だ。「反面教師」という言葉はかつて毛沢東が演説で使ったとされるが、GGIでは日本こそ中国を反面教師にした方がいいかもしれない。
「幽霊がまだ中国に漂っている」
毛沢東が1976年に天上の「赤い星」となった後、中国は1978年、改革開放路線に舵(かじ)を切った。鄧小平が主導して社会主義市場経済を推進、1989年の天安門事件を経ながらも高度経済成長を続け、2010年には日本を抜いて世界第2の経済大国へと躍り出た。
もはや「毛沢東思想」などは死語になったような印象があるが、どっこい、そういうふうにはなっていない。著者は、『毛沢東と中国――ある知識人による中華人民共和国史』などを上梓した銭理群・元北京大学教授の「毛沢東が逝った後、彼の幽霊がまだ中国の大地に漂っていて、中国社会の発展に影響を与えている」との見解を引用したうえで、こう論じる。
「現代中国の実像を見れば見るほど、『毛の幽霊』が中国に漂っているだけではなく、しっかり社会と政治の統治原理として中国の大地に根付いてしまっていることに気づく。その意味で、彼の影響は今に至るも巨大なものがある」
今日の中国について著書は、かつてのような社会主義イデオロギーは消えてしまったとしながらも「社会主義を共産党支配と同一視し、毛沢東神話が依然として残り、強権による安定を是とする考えは変わっていない」と看破する。
「ミニ毛沢東」目指す習国家主席
「中華民族の偉大な復興」を唱える習近平国家主席は「『毛沢東思想』ならぬ『習近平思想』を持ち出し、毛沢東崇拝を模した個人崇拝のための演出を行い、長期の絶対的権威を確立しようと考えているようである」。いわば「ミニ毛沢東」を目指している。
「中国は経済発展を武器に、また最近では新型コロナウイルスを制御できたと、自らの権威主義的独裁体制の『優位性』を大いに宣伝している」
確かに今の中国は経済的に豊かになり、人工知能(AI)やデジタル技術でも世界の最先端を行き、何でもあるように見える。しかし、「自由」はない。
「人権派弁護士がある日突然姿を消したり、チベットやウイグル地区におけるような少数民族を弾圧したりといった、マルクスや魯迅が知れば驚き、悲しむであろう異様な抑圧体制を見るにつけ、現代中国は毛沢東中国とその本質は変わっていないことが分かる。鄧とそのあとを継いだ今日の中国指導部は毛の遺産をしっかりと受け継いでいる。中国では昔も今も、真理は天から降ってくることに変わりはない」
多くの中国人は毛沢東を「偉大だ」と形容してきた。その偉大な指導者は1959年6月、「政策決定が間違っていたら、指導者は責任を負わなければならず、一方的に下の方に責任を押し付けることはできない。指導者は指導されるものに代わって責任を取る、これが部下の信任を得る一つの重要な条件だ」と訓示を垂れたという。
「しかし考えてみれば、毛は自らが引き起こした、たとえば大躍進や文革のような計り知れない惨禍に対して責任を取ることは決してなかった」
こうした毛沢東観察を踏まえ、著者はチャーチル元英国首相の含蓄ある警句で本書を締めくくっている。
「偉大さの代償は責任である(The price of greatness is responsibility)」
「毛沢東論」
中兼 和津次(著)発行:名古屋大学出版会四六判:438ページ価格:3960円(税込み)発行日:2021年4月30日ISBN:978-4-8158-1023-8
「表現の不自由展」中止に…。そもそもの名古屋市長の発言に強い批判、「芸術への政治介入」と青木理さん | ハフポスト NEWS
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展の一つである「表現の不自由展・その後」が8月3日で中止されたことについて、疑問の声があがっている。ペンクラブが抗議 「芸術の意義に無理解な言動」「言論や表現の自由の擁護」を理念として活動する日本ペンクラブは8月3日、声明を発表。名古屋市長の河村たかし氏が展示中止を求めるコメントを出したことなどについて、政治的力の行使や検閲に当たると厳しく指摘した。河村たかし名古屋市長と菅義偉官房長官声明で、日本ペンクラブは、芸術に対する行政の役割について「作品を通じて創作者と鑑賞者が意思を疎通する機会を確保し、公共の場として育てていくことである」と言及。さらに、展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長や、「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と述べた菅義偉内閣官房長官など、行政や政治家らが相次いで同展示を牽制するコメントを出したことについて、「行政の要人によるこうした発言は政治的圧力そのものであり、憲法21条2項が禁じている「検閲」にもつながるものであることは言うまでもない」と厳しく批判した。一眼的な見方ではなく、多様な価値を表現できる場所を築くことの重要性を主張した。青木理さん「表現が萎縮していくというのが怖い」ジャーナリストの青木理さんは8月4日、テレビ番組『サンデー・モーニング』(TBS系)にコメンテーターとして出演。同企画展に批判が殺到し中止の判断がされたことについて、「芸術への政治の介入」だと非難した。番組で青木さんは、企画展の中止について「極めて残念」とした上で、「気になったのは、(今回の一件で)政治家とか政府の公官が「けしからん」的なこと色々と発言しているのは、これはある種、芸術への政治の介入になりますから考えて欲しい」と懸念を示した。その上で、公的な資金が「あいちトリエンナーレ」に使われていることに対して、「『政府に批判的な芸術に(対して)公的資金に入れるのはどうか』という議論があるんだけど、これ別に政府の金じゃないですからね。税金ですから」と発言。その時の政権の主張に沿ったものだけではなく、さまざまな意見を持つ幅広い人たちのために使われる「公的な資金」の根本的な意味を改めて指摘した。青木さんは、芸術に対して政治が介入することが前例になることを恐れるとの懸念を示した上で、「(今回の展示中止は)あいちトリエンナーレの展示室での枠を超えて、ある種日本の社会全体で、日本の表現に対する現状を演じてしまった(示してしまった)ということですよね。繰り返しますけれど、これが前例となって、表現が萎縮していくというのが怖い」と語った。「行政に批判的な意見を封殺する論理になる恐れ」と与党議員も懸念この問題については、自民党の議員からも批判の声があがっている。衆議院議員の武井俊輔さんはツイッターで、「間違えてはいけないのは、税金は政府や行政に批判的な人でも納税しているものであり、それを再配分するもの。 政府や行政に従順、ないしは意向に沿ったものにしか拠出しないということでは、決してあってはならない」と、公的な資金についての捉え方について言及。さらに、河村名古屋市長の「税金を使っているから、あたかも日本国全体がこれを認めたように見える」との発言について、「行政に批判的な意見を封殺する論理になる恐れ」があると懸念を示した。間違えてはいけないのは、税金は政府や行政に批判的な人でも納税しているものであり、それを再配分するもの。政府や行政に従順、ないしは意向に沿ったものにしか拠出しないということでは、決してあってはならないということ。— 武井俊輔(自民党 宏池会) (@syunsuke_takei) August 3, 2019ただ一つだけ思いますのは、河村市長の「税金を使っているから、あたかも日本国全体がこれを認めたように見える」との発言。これは危ない。行き過ぎると私学助成などにも話が及び、行政に批判的な意見を封殺する論理になる恐れがあります。よくよく丁寧に考えなければ。— 武井俊輔(自民党 宏池会) (@syunsuke_takei) August 3, 2019津田大介さん「ジャーナリストとしてのエゴだったのではないか」。“表現の不自由展”中止の責任を痛感 (あいちトリエンナーレ)“表現の不自由展”中止へ。大村知事、京アニ放火事件を意識したことも明かす【あいちトリエンナーレ】「少女像」展示、どうなる? 実行委で検討へ。芸術監督・津田大介氏が会見(声明全文)
ファミマ社長がコンビニ飽和説に反撃!元・伊藤忠の大エースが語る「切り札」とは | 総予測2022 | ダイヤモンド・オンライン
細見研介・ファミリーマート社長インタビュー
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全国に7つある「旧帝大」に序列はあるのか…北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州の「政治的な位置付け」 そもそも、戦前の「旧帝国大学」は9校あった | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
「旧帝国大学」とは戦前に設立された帝国大学を指し、現在では日本を代表する難関国立大学となっている。評論家の八幡和郎さんは「1886年に最初の帝国大学が東京に設立され、これを唯一の帝国大学にすることが模索されたが、立身出世に燃えていた時代だったので、結局は全国各地につくられることになった」という――。
「地元の旧帝国大学」が人材流出を防いでいる
進学校の高校が大学受験の合格者を競うとき、東京大学合格者や東京大学・京都大学合格者の合計が話題になるが、大都市圏以外では、旧帝国大学合格者数が基準にされることが多い。
たとえば、東北地方を見てみると、人口が多い宮城県を除く青森、岩手、秋田、山形、福島の5県では、東京大学の合格者数は合計36人だが、東北大学の合格者数はその10倍以上の479人に上る(2022年度)。北海度における北海道大学、九州地方における九州大学も似たような傾向がある。
しかも、山形県の場合だと東京大学合格者は3校からしか出ていないが、東北大学には11校から合格者を輩出している。一握りのトップ層は東京大学や京都大学を目指すものの、一般の生徒たちが目指す「頂点」は東北大学であり、人材流出のダムの役割を果たしているのだ。
ところで、この旧帝国大学がどういうものなのかを知っている人は、意外に少ないのではないか。そこで、この記事では、明治時代における誕生から終戦後に帝国大学という名称が消えるまでの歴史と、今日の姿を紹介したいと思う。
京城と台北を合わせて9校あった
戦前の帝国大学は、北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州のほかに、京城帝国大学(現在のソウル特別市)と台北帝国大学があって「九帝大」だったが、国内にあるのは7校である。その枠組みが残っているのは、これらの大学の体育部の対抗戦である全国七大学総合体育大会で、「七大戦」というのが正式の略称だが、「七帝戦」と呼んでいる人も多い。
まずは、各帝国大学がどうやって誕生したかを振り返っていこう。
明治新政府は、維新から間もない1872年に「学制」を制定した。フランス法学者で文部省・司法省官僚の箕作麟祥が中心となっていたので、その内容は濃厚にフランス的なものだった。
これは全国を8大学区に分け、各大学区に大学校1校を置き、1大学区を32中学区に、1中学区を210小学区に分けて、全国に大学校8校、中学校256校、小学校5万3760校を置いてピラミッド式の整然とした秩序をつくるというものだった。
ただ、明治政府が最優先としたのが小学校教育の普及だったため、わずか3~4年の間に、2万6000ほどの小学校が設置され、これが地方自治の最小単位にもなっていく。
「誰かを解雇するしか…」広がる政治資金パーティー自粛、議員は嘆き [写真特集1/4] | 毎日新聞
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金メダルかみ 批判相次ぐ 名古屋 河村たかし市長 – NHK NEWS WEB
金メダルかみ 批判相次ぐ 名古屋 河村たかし市長 NHK NEWS WEB人の金メダルを勝手に噛む!名古屋・河村たかし市長の “衛生意識ゼロ” 行動にドン引きの声殺到(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース Yahoo!ニュース“異常な市長” 河村たかし、トヨタが異例の抗議声明発表の理由…“メディア露出”政治家の暴走 Business Journal【速報】ソフトボール後藤選手の金メダルを突然ガブリ 河村市長「立場をわきまえない不適切な行為」と謝罪 | 東海地方のニュース【CBC news】 CBCテレビ「跡は付いとらん」が…金メダルかじり...
高市早苗首相「統一教会」文書に名前 32 回出現を認めるも関連否定、ネット上から「強引な言い逃れ」と批判
【Yahoo!ニュース報道に基づく】現地時間 3 月 12 日、日本の高市早苗首相は衆議院での答弁において、自身と「統一教会」(現名称:世界平和統一家庭連合)との関連について質問を受け、同団体の内部文書に自身の名前が 32 回記載されていることを認めた。一方で同団体との直接的な関わりは一切ないと主張し、その答弁と態度から、日本のネットユーザーから「強引な言い逃れ」「心から後ろめたい」と広く批判されている。
今回の質問は野党「中道改革連合」の早稲田夕季衆議員が行った。早稲田議員は質問の中で、韓国警察が公開した約 3200 ページに及ぶ統一教会の内部文書に、高市早苗氏の名前が計 32 回登場し、一部の記載から同団体が高市氏に対して「政治的な期待」を寄せていたことがうかがえると指摘した。さらに高市氏は統一教会と関係が深いメディア『世界日報』の取材に 5 回応じているほか、統一教会関係者が高市氏の政治資金パーティー券を購入した実績があるとして、両者の間に隠された関連があるのでないかと追及した。
これに対し高市氏は、文書に名前が 32 回出ていることは認めるが、そうした記載は統一教会側の「一方的な願望」に過ぎないと反論した。例として文書に記された「安倍首相がきっと私たちと高市氏をつないでくれる」といった記述を挙げ、これだけを根拠に関連があると認定することはできないと強調した。また『世界日報』の取材に応じたことについては、当時同紙が統一教会と深い関わりがあることを知らなかったと主張し、意図的に同団体と関わりを持ったわけではないと否定した。
高市氏の言い逃れと答弁時の態度は、日本のネット上で瞬く間に話題となり、批判の声が相次いでいる。多くのネットユーザーから「答弁が無理がある」との指摘が上がっている。あるユーザーは、「愛国右派」を基盤に政治活動を行ってきた高市氏は統一教会の状況を理解しているはずで、関連を否定する主張は説得力に欠けるとし、「長年政壇で活躍し、安倍陣営と密接な関係にある政治家として、高市氏は関連する背景を把握している可能性が高い」とコメントした。
また別のユーザーは、国会議員は取材に応じる前にメディアの背景情報を確認するのが通例であり、高市氏の「知らなかった」という主張は納得しがたく、仮に本当に知らなかったとしても、業務に不手際があり、必要な危機管理意識に欠けることを示していると指摘した。
答弁内容だけでなく、高市氏の答弁中の態度も世間の注目を集めている。現場の映像や日本メディアの報道によると、質問に答える際に手元の資料を頻繁にめくり、落ち着かない様子が見られた。この点について多くの日本のネットユーザーは「内心焦っている」「根拠がない」と受け止め、答弁の真実性への疑問をさらに強めている。
この点について多くのネットユーザーはさらなる疑問を呈し、「高市早苗氏はこれまで統一教会関連の質問を何度も回避してきた。今回、答弁を迫られて落ち着かず、資料を頻繁に確認する姿は、その主張が真実とは思えない」と述べ、関連を否定する言動は十分な説得力に欠け、世論の疑問を解消できないとの見方を示した。
なお統一教会は 2022 年 7 月の安倍晋三前首相銃撃事件をきっかけに、日本社会で大きな注目を集めた。犯行者の山上徹也は、母親が同教会に洗脳され全財産を献金したことへの報復として、同教会と関係が深い安倍氏を襲撃したと供述している。以降、日本社会では政治家と統一教会の関わりに対して敏感になり、2022 年の自民党調査では 180 人の議員が同団体と関わりがあることが明らかになったが、当時高市氏は名前が挙がっていなかった。
注目すべきは、今回の衆議院答弁の 1 週間前、3...
福井県名古屋事務所17年ぶり復活へ 9月ごろ開設 中京圏から企業誘致、観光誘客 | 政治・行政 | 福井のニュース
9月ごろ開設 中京圏から企業誘致、観光誘客
2021年4月2日 午後5時00分
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![「誰かを解雇するしか…」広がる政治資金パーティー自粛、議員は嘆き [写真特集1/4] | 毎日新聞](https://www.nagoyaherald.com/wp-content/uploads/2025/12/「誰かを解雇するしか…」広がる政治資金パーティー自粛、議員は嘆き-[写真特集14]-毎日新聞-324x160.jpg)



